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脳ドックでみつかった未破裂脳動脈瘤

沖縄県在住井口さん(仮名:女性 65 歳)は、脳ドックを受ける際に補助金が支給されると聞き、2004 年 10 月初旬、健康状態をチェックする軽い気持ちで検査を受けることにしました。

「検査結果を聞いた瞬間、急に目の前が真っ暗になりました。」と井口さんは、当時の様子を語っています。脳ドックの結果、前交通動脈に未破裂脳動脈瘤があることがわかりました。全く自覚症状がなかっただけに、井口さんは動揺を抑えられませんでした。すぐに詳しい検査をすることになり、脳血管造影検査を受けることになりました。先生から検査結果の説明を受けた時の様子を井口さんは次のように語っています。「正直、全く先生の言葉が入ってきませんでした。治療する場合は、頭の前を開けるとか、横を開けるとか、前から開ける場合は非常に難しいなどの説明があったようです。それよりも、万が一のことを考え、これから自分の生活にどう整理をつけるか、子供や親戚に迷惑をかけないようにしなくてはいけない等と、考えれば考える程自分がうつ状態になっていきました。」

強烈な不安を取り除く方法は開頭手術するしかないと井口さんは思っていました。「当時は眠るのも怖かったです。寝ている間に脳動脈瘤が破裂したらもう起きることはないと。また、手術をしてもどこかに後遺症が残るかもしれないと思うと、毎日心が非常に重くなりました。」極度の不安を抱えた中で、先生から「琉球大学には兵頭先生という血管内治療をされる有名な先生がいる。そちらを検討してみてはどうか。」と紹介されました。

「血管内治療?お母さん、そっちに行ってみよう。このままだとお母さんが精神的にまいってしまうよ。」娘さんに促される形で、琉球大学の兵頭先生の診察を受けることになりました。兵頭先生から、未破裂動脈瘤の年間破裂率が約 1 %位と言われていること、しかし必ず破裂するとも限らないし、破裂しないとも言えないことや、開頭手術や血管内治療をした場合のリスク、どんな合併症があるのかなど丁寧に説明を受けました。それから、「 1 週間後の次の外来受診で経過を観察するのか、手術をするのかを考えてきてください」と言われましたが、井口さんは、最初から手術を受けることを決めていました。井口さんは次のように語っています。「 1 %という数字は私には関係ありませんでした。私の頭の中に脳動脈瘤があり、それが破裂するかもしれないと思うと、正気ではいられなかったのです。だから、先生に治療をお願いしました。」

12 月の中旬に血管内治療を受けることになりました。「その日に手術をすれば年末までには家に帰れるでしょう」という話が先生からありましたが、井口さんは先生の言葉を素直に信じることはできませんでした。なぜなら『生死を分ける大手術を私はするのだ』という気持ちだったからです。

脳動脈瘤の血管内治療は、X線透視下にて、カテーテル(細いチューブ)を足の付け根の大腿動脈から挿入し、その中にさらに細いマイクロカテーテルと目的の血管を選択するためのマイクロガイドワイヤーを用いながら、頭部の脳動脈瘤に慎重に誘導します。その後、脳動脈瘤内にマイクロカテーテルを留置し、その中を通して、プラチナ製コイルを脳動脈瘤内に送り込み、脳動脈瘤内に血流が流れ込むのを遮断することで破裂を予防します。井口さんの場合は、動脈瘤のネック部分が広かったため、最初のプラチナ製コイルを入れるのに苦労を要しましたが、手技時間としては 2 時間もかからず、無事に終わりました。

手術 3 日後には外泊をし、井口さんは家で家族とクリスマスを過ごしていました。そして、手術から約 1 週間後には退院。

「最近は手術後の状態に問題なければ、 3 日くらいで帰られる患者さんもいます」と兵頭先生は説明しています。井口さんは「先生の顔を見ていないと不安だったので、逆に退院したくなかった」と笑いながら当時の様子を語っています。

兵頭先生は、血管内治療に関して、「全てが血管内治療でできるわけでないが、今後は今よりは増えていくであろう。」とコメントしています。

「先生を見ると涙が出てきます。『生と死』について初めて真剣に考えるようになり、一時はうつ状態になりましたが、今元気でいるこの生活は、『第 3 の人生』だと思っています。先生から頂いたこの生活を大切にしたいと思います。子供や主人等、家族の考え方が変わったようです。誰にも相談できず苦しんだ私のような不安をお持ちの方に、私の経験が少しでもお役に立てればと思っています。」最後に嬉しそうな表情で井口さんは語っていました